はじめに
福山雅治さんのものまね芸人と聞いて、「大山英雄さん」を思い浮かべる人もいるのではないでしょうか。
福山雅治さんといえば、『ひとつ屋根の下』『いつかまた逢える』『パーフェクトラブ!』など、1990年代のドラマ黄金期を代表する俳優のひとり。
90年代ドラマをリアルタイムで見ていた私にとっても、福山雅治さんの落ち着いた声や自然体の演技はとても印象に残っています。
そんな福山雅治さんのものまねを長年続けてきた芸人が、大山英雄さんです。
実は大山英雄さん、単に福山雅治さんに似ている芸人というだけではありません。
福山雅治さん本人と実際に対面し、ものまねを公認してもらったほか、福山さんのライブにも出演した経験があります。
「大山英雄ってどんな人?」
「福山雅治本人との関係は?」
「本当に福山雅治公認のものまね芸人なの?」
と気になっている人も多いのではないでしょうか。
この記事では、福山雅治さんのものまねで知られる大山英雄さんについて、プロフィールやものまねを始めたきっかけ、本人との共演エピソードまで詳しく紹介します。
福山雅治のものまね芸人・大山英雄とは?
大山英雄さんは、吉本興業に所属するお笑い芸人です。1970年7月23日生まれで、兵庫県伊丹市出身。1989年にNSC大阪校8期生として入りました。
同期にはFUJIWARAや千原兄弟、バッファロー吾郎など、その後のお笑い界を支える芸人たちがいます。
吉本興業の公式プロフィールにも、NSC大阪8期生であることや、テレビ・ドラマ・舞台など幅広く活動してきた経歴が掲載されています。
大山英雄さんというと、現在では「福山雅治さんのものまね芸人」というイメージが強いですが、芸歴は30年以上。
吉本新喜劇や舞台、バラエティ番組など、長い間お笑いの世界で活動してきたベテラン芸人なんですね。
大山英雄のプロフィール
名前:大山英雄
生年月日:1970年7月23日
出身地:兵庫県伊丹市
所属:吉本興業
NSC:大阪校8期生
趣味:映画鑑賞・野球・料理など
代表的なものまね:福山雅治
私自身、関西出身と知って少し親近感を覚えました。
福山雅治さんのイメージがあまりにも強いため「ものまね専門の芸人」と思ってしまいがちですが、実際には長い芸歴を持つ芸人さんです。
大山英雄が福山雅治のものまねを始めたきっかけは?
大山英雄さんが福山雅治さんのものまねを始めたきっかけは、意外にも身近なところにありました。
大山さん自身が語ったところによると、20代の頃に合コンで女性から「福山雅治さんに似ている」と言われたことがきっかけだったそうです。
そこから福山雅治さんについて研究し、徐々にものまねを形にしていきました。福山雅治さんといえば、低く落ち着いた声や独特の話し方があります。
単純に顔が似ているだけではなく、
・低めの声
・ゆっくりとした話し方
・独特の間
・歌うときの雰囲気
・福山さんらしい仕草
などを組み合わせることで、大山英雄さんならではの「福山雅治ものまね」が作られていったのでしょう。
2018年に吉本興業が開催したものまねイベントでも、大山英雄さんは「福山雅治のものまねでおなじみ」と紹介されています。
大山英雄は福山雅治本人公認のものまね芸人だった
大山英雄さんについて特に注目したいのが、福山雅治さん本人からものまねを公認されているということです。
ものまね芸人にとって、本人から認めてもらえるというのは大きな出来事ですよね。
大山英雄さんが2019年にテレビ番組で明かしたエピソードによると、福山雅治さんが自身のラジオ番組で大山さんについて触れたことがきっかけとなり、実際に対面することになったそうです。
その際、福山さんからものまねについて、「どんどんやってください」という趣旨の言葉をかけてもらったと大山さんは語っています。
つまり大山英雄さんは、長年勝手に福山雅治さんをものまねしているわけではなく、本人との交流がある「公認ものまね芸人」なんですね。
これはかなりすごいエピソードだと思います。
大山英雄は福山雅治本人のライブにも出演
さらに驚くのが、大山英雄さんが福山雅治さん本人のライブに出演したことがあるということ。福山さん本人と対面した翌年、大山英雄さんは福山雅治さんの大阪ドーム公演にゲストとして出演。
ステージでは福山雅治さんの楽曲「Squall」をアカペラで披露したと語っています。
ものまねをしていた本人のライブステージに立つというのは、ものまね芸人にとって特別な経験だったのではないでしょうか。
さらに福山雅治さんの公式サイトでも、2013年に開催されたイベントに「福山さんのものまねで御馴染みの大山英雄さん」が特別ゲストとして参加したことが紹介されています。
ここまで交流があると、「福山雅治のものまね芸人」として長く知られている理由にも納得できますね。
福山雅治が『笑っていいとも!』で大山英雄を紹介したことも
2人の関係を象徴するようなエピソードがもうひとつあります。
大山英雄さんによると、福山雅治さんが『笑っていいとも!』の人気コーナー「テレフォンショッキング」に出演した際、次のゲストとして大山英雄さんを紹介してくれたことがあったそうです。
ものまねをされる側と、ものまねをする側。
普通であれば距離がありそうな関係ですが、こうしたエピソードを見ると、福山雅治さんが大山英雄さんの活動を好意的に受け止めていたことがうかがえます。
大山英雄さんが長い間、福山雅治さんのものまねを続けてこられた背景には、こうした本人との関係性もあったのでしょう。
大山英雄は福山雅治のものまねでブレイク
大山英雄さんにとって、福山雅治さんのものまねは芸人人生を大きく変えた芸のひとつでした。
東京へ活動の場を移した後には、フジテレビ系で放送されていた人気バラエティ番組『ワンナイR&R』にも出演。
準レギュラーとして活躍し、当時は仕事も大きく増えていたといいます。
90年代から2000年代にかけて福山雅治さん自身の人気が急上昇していった時期と、大山英雄さんのものまねが注目されていった時期が重なったことも、大きかったのかもしれません。
福山雅治さんを知っている人なら、大山英雄さんが登場した瞬間に、
「あ、福山雅治だ!」
と分かる。
この分かりやすさも、ものまね芸人として強い武器だったのではないでしょうか。
大山英雄はコロナ禍で月収6000円になったことも
順調に芸能活動を続けているように見える大山英雄さんですが、芸人人生は決して順風満帆だったわけではありません。
2020年、新型コロナウイルスの影響によって劇場公演が次々と中止になりました。
当時、劇場での仕事を中心にしていた大山さんは大きな影響を受け、一時は117日間もの休みになったと語っています。
さらに収入も大きく減少。
かつて最高月収が250万円に達したこともあった一方、コロナ禍では月収6000円になった月もあったそうです。
当時は3人の子どもを育てていたこともあり、決して簡単な状況ではなかったことが想像できます。
華やかに見える芸能界ですが、その裏側にはこうした苦労もあったんですね。それでも芸人を続け、現在も福山雅治さんのものまねなどを通して活動を続けています。
そもそも福山雅治はなぜ90年代に人気になった?
大山英雄さんのものまねを語るうえで、やはり外せないのが福山雅治さん自身の人気です。
福山雅治さんが俳優として広く注目された作品のひとつが、1993年放送の『ひとつ屋根の下』。
その後も、
・『いつかまた逢える』
・『パーフェクトラブ!』
など、90年代を代表するドラマに出演しました。
福山雅治さんが出演した90年代ドラマをもっと詳しく振り返りたい方は、【福山雅治の90年代ドラマ代表作まとめ】もあわせてご覧ください。
→福山雅治の90年代ドラマ一覧とドラマ主題歌一覧|ドラマデビュー作って?徹底解説! – 90年代ドラマサイト
私自身、90年代ドラマを振り返ると、福山雅治さんには「いかにもスター」という派手さよりも、自然体なのになぜか目で追ってしまうような魅力を感じます。
さらに俳優だけでなく、シンガーソングライターとしても活躍。
「HELLO」などのヒット曲を生み出し、俳優とアーティストの両方で存在感を高めていきました。
俳優・歌手としてだけでなく、現在は平和への思いを伝える活動にも取り組んでいます。福山雅治さんの活動については、【福山雅治とクスノキプロジェクトの記事】でも詳しく紹介しています。
→福山雅治「クスノキ」歌詞の意味は?被爆樹木とクスノキプロジェクトに込めた平和への願い – 90年代ドラマサイト
大山英雄さんの「福山雅治ものまね」が広く知られるようになったのも、こうした福山さん自身の人気が背景にあったのでしょう。
福山雅治と大山英雄の関係は「本人と公認ものまね芸人」
福山雅治さんと大山英雄さんの関係を整理すると、単なる「芸能人とその人をものまねする芸人」という関係だけではありません。
大山英雄さんは長年福山雅治さんのものまねを続け、
・福山雅治本人と対面
・ものまねを本人から公認
・福山雅治のライブに出演
・『笑っていいとも!』で福山雅治から紹介
・福山雅治関連イベントにも出演
といった経験をしています。
ここまで本人と接点のあるものまね芸人は珍しいですよね。
福山雅治さんへのリスペクトを持ちながら長年芸を続けてきたからこそ、現在まで「福山雅治のものまねといえば大山英雄」と覚えている人も多いのではないでしょうか。
福山雅治さんといえば、プライベートでは吹石一恵さんとの結婚も大きな話題になりました。2人の結婚や現在については、こちらの記事で詳しくまとめています。
→福山雅治の妻は誰?馴れ初めと子供、離婚報道まで徹底解説! – 90年代ドラマサイト
まとめ|福山雅治と大山英雄には長年の交流があった
今回は、福山雅治さんのものまね芸人として知られる大山英雄さんについて紹介しました。
大山英雄さんは兵庫県伊丹市出身の吉本芸人で、NSC大阪8期生。
20代の頃に「福山雅治さんに似ている」と言われたことをきっかけにものまねを始め、その後は福山雅治さん本人から公認されるまでになりました。
さらに福山さん本人のライブ出演や、『笑っていいとも!』で紹介されたというエピソードまであります。
私自身、福山雅治さんというと90年代ドラマで活躍していた姿が真っ先に浮かびますが、大山英雄さんについて調べてみると、「似ているからものまねをしている」というだけではなく、長い年月をかけてひとつの芸として育ててきたことが分かりました。
ものまねされる側の福山雅治さんと、ものまねを続けてきた大山英雄さん。
2人の交流を知ってから大山英雄さんのものまねを見ると、これまでとは少し違った楽しみ方ができそうですね。

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